基本情報

写真a

矢田 俊文

YATA Toshifumi


学系

人文社会科学系

系列

人文科学系列

職名

教授

生年

1954年

メールアドレス

メールアドレス

研究室電話

025-262-6542

研究室FAX

025-262-6542

出身大学 【 表示 / 非表示

  • 大阪市立大学  文学部

    大学,1976年03月,卒業,日本国

出身大学院 【 表示 / 非表示

  • 大阪市立大学  文学研究科

    博士課程,1982年06月,単位取得満期退学,日本国

取得学位 【 表示 / 非表示

  • 博士(文学),日本史,大阪市立大学,課程,1996年03月

学内職務経歴 【 表示 / 非表示

  • 新潟大学 人文学部,助教授,1987年04月 ~ 1996年03月

  • 新潟大学 人文学部 日本文化講座,教授,1996年04月 ~ 2010年03月

  • 新潟大学 人文学部 人文学科,教授,2010年04月 ~ 継続中

  • 新潟大学 現代社会文化研究科 社会文化専攻,教授,2012年04月 ~ 継続中

所属学会・委員会 【 表示 / 非表示

  • 日本史研究会,1987年04月 ~ 継続中,日本国

  • 史学会,1987年04月 ~ 継続中,日本国

  • 新潟史学会,1987年04月 ~ 継続中,日本国

  • 大阪歴史学会,1987年04月 ~ 継続中,日本国

専門分野(科研費分類) 【 表示 / 非表示

  • 中世史

 

論文 【 表示 / 非表示

  • 1703年元禄関東地震における九十九里地域の被害—死亡者数と津波到達点,矢田俊文,村岸 純,資料学研究,No.13, pp.1-15,2016年03月,日本語

    研究論文(学術雑誌),共著

  • 一八五八年飛越地震の史料と家屋倒壊率—飛騨国を事例として—,矢田俊文,災害・復興と資料,No.7, pp.1-30,2016年03月,日本語

    研究論文(学術雑誌),単著

  • 中世阿波国撫養地域と1596年地震,矢田俊文,災害・復興と資料,No.8, pp.9-24,2016年03月,日本語

    研究論文(学術雑誌),単著

  • 新潟県見附市田井町福順寺試掘調査報告—文政11年(1828)三条地震実態復原のための考古学・歴史学的研究—,齋藤瑞穂,齋藤友里恵,矢田俊文 他,災害・復興と資料,No.8,2016年03月,日本語

    研究論文(学術雑誌),共著

  • 絵図に描かれた1858年飛越地震による山崩れと天然ダム,小野映介・日塔梨奈・片桐昭彦・矢田俊文,災害・復興と資料,No.8, pp.25-31,2016年03月,日本語

    研究論文(学術雑誌),共著

全件表示 >>

著書 【 表示 / 非表示

  • 新潟県中越地震・東日本大震災と災害史研究・史料保存—長岡市災害復興文庫を中心に—,矢田俊文,田中洋史,田邊幹,中村 元,下玉利紀子,筑波匡介,新潟大学災害・復興科学研究所被災者支援研究グループ,2016年03月,日本語

    単行本(学術書),新潟県中越地域の歴史地震と災害,共編者

  • 新潟県の歴史地震 新潟地震五○年 中越地震一○年,中林隆之,卜部厚志,中村 元,齋藤瑞穂,田邉菜緒美,矢田俊文 他,新潟大学災害・復興研究所危機管理・災害復興分野,新潟大学附属図書館,2015年03月,日本語

    単行本(一般書),越後・佐渡における古代・中世・近世の地震,共編者

  • 歴史学による前近代歴史地震史料集,片桐昭彦,齋藤瑞穂,谷口 央,西尾和美,西山昭仁,原 直史,矢田俊文 他,新潟大学人文学部,2015年03月,日本語

    単行本(学術書),寛文以来万覚書,4-8頁,長岡藩御附録,108-112頁,共著

  • 歴史文化を大災害から守る 地域歴史資料学の構築,奥村 弘,平川 新,市沢 哲,矢田俊文 他,東京大学出版会,2014年01月,日本語

    単行本(学術書),土蔵まるごとの救出から広域災害支援へ―新潟県中越地震から東日本大震災―,共著

  • 虎勢道中記 越後編,渡部浩二,前嶋敏,矢田俊文,新潟大学災害・復興研究所危機管理・災害復興分野,2013年03月,日本語

    単行本(学術書),一八四七年善光寺地震と弘化高田地震―『虎勢道中記』より―,共編者

全件表示 >>

総説・解説記事 【 表示 / 非表示

  • 下野佐野城と越後の戦国領主,矢田俊文,佐野市郷土博物館,第62回企画展図録「上杉謙信がやってきた」, pp.94-95,2015年02月,日本語

    総説・解説(その他),単著

  • 新潟歴史資料救済ネットワークの取り組み,矢田俊文,歴史評論,No.776, pp.95-97,2014年12月,日本語

    総説・解説(商業誌),単著

  • 小野塚喜平次,吉田久一,達如・磯部六ヶ寺,北海道開拓,矢田俊文,親鸞となむの大地展実行委員会,親鸞となむの大地 越後と佐渡の精神的風土,2014年04月,日本語

    総説・解説(大学・研究所紀要),単著

  • 1707年宝永地震による浜名湖北部の沈降と大坂の被害数,矢田俊文,GSJ地質ニュース,Vol.2,No.7, pp.208-211,2013年07月,日本語

    総説・解説(学術雑誌),単著

  • 中世・近世初期越後における地域と遺跡,矢田俊文,新潟県教育委員会,越後国域確定1300年記念事業 記録集, pp.223-232,2013年03月,日本語

    総説・解説(その他),単著

全件表示 >>

科研費(文科省・学振)獲得実績 【 表示 / 非表示

  • 挑戦的萌芽研究,2014年04月 ~ 継続中,前近代における地震活動期の研究―15世紀後半と16世紀末・17世紀初頭を中心に―

    本研究では、歴史学の立場で地震を研究することにより、15世紀後半と16世紀末・17世紀初頭が地震活動期であることを明らかにする。
     具体的な目的は次の2点である。
     1.明応4年(1495)の地震が関東地震(相模トラフ周辺で起こる地震)であることを明らかにする。
     2.文禄5年(1569)閏7月13日に起った地震(慶長伏見地震といわれている)によって、阿波国橅養地域(徳島県鳴門市)が隆起し塩田になったことを明らかにする。

  • 基盤研究(B),2012年04月 ~ 2015年03月,前近代の地震による家屋倒壊率と津波到達点の研究―1707年宝永地震を中心に―

    本研究では、近世以前の地震による家屋倒壊数と津波による水死者が記される史料を主たる分析対象として、建物被害率と津波到達点を割り出し、その被害地域の地形的特質を検討する。
     東海、東南海、南海地震と連動しておこる地震であり、日本の歴史上最大規模の地震(M8.6)である1707年宝永地震の史料を中心に研究を行う。この分析によって地震の震度と津波到達点を導き出す史料を確定し、前近代の震度研究と津波到達点の基礎を確立する。
     本研究は、想定東海・東南海・南海地震地域をはじめ全国各地の地震・津波防災計画立案に寄与することが期待できる。

  • 萌芽研究,2011年04月 ~ 2013年03月,想定東海地震地域における文書・絵図を基礎とした地盤変化の研究

    地質学等自然科学の分野では地震による地盤の隆起・沈降の研究が行われているが、本研究は歴史学の方法による文書・絵図の精緻な調査・分析により、地盤の隆起・沈降の痕跡を解明する研究である。
     本研究では、地震による地盤の隆起・沈降を歴史学研究のなかに位置づけるために、浜名湖周辺地域を対象として低地研究を行なう。
     具体的な目的は、次の2点である。
     1.浜名湖周辺地域が巨大地震のたびごとに沈降する地域であることを明らかにする。
     2.地震による地盤の隆起・沈降という要素を組み込む歴史学における地域の景観復元研究の方法を確立
      する。
     研究期間内に、浜名湖周辺地域が沈降したことを、文書・絵図・地質調査で明確にする。

  • 特別研究促進費,2007年04月 ~ 2008年03月,中世考古学のための中世・近世初期の文献研究

     従来、中世考古学と文献史学(日本中世史)とは互いの成果を吸収しあう関係ではあったが、それぞれが扱う対象(例えば陶磁器)を検討しあうという関係ではなく、それぞれ独自に研究を発展させていった。しかしながら、史料の制約から中世考古学と文献史学(日本中世史)ともに、得意とする分野のみが強調される傾向が強く、かならずしも中世考古学をふくめた日本中世史研究の発展にとって望ましい状況とはいえない。本研究はそのような状況を克服する研究となる。
     本研究では、中世考古学が扱うモノ・場を素材に、文献史学(日本中世史)の立場から集散地について明確にする。

  • 基盤研究(C),2004年04月 ~ 2006年03月,室町・戦国・近世初期の上杉氏史料の帰納的研究

    本研究は室町・戦国・近世初期の守護家・藩主である上杉家の国制上の位置を明らかにするものである。
     越後上杉氏の研究は、戦国期の権力者上杉謙信にのみ関心が向けられ、越後上杉氏の本家に当たると推定される首都京都の八条上杉氏の研究は行われてこなかった。また,謙信の後の景勝についても,景勝の全時期についての研究は行なわれてこなかった。その意味で,本研究は,はじめての室町・戦国・近世初期を通じた越後上杉氏の本格的研究である。
     越後上杉家は,首都京都と越後に拠点をもち,戦国期を経て,織豊期・徳川初期などの激動の時期を生き延び,近世まで存続した家である。首都京都の八条上杉家の史料,上杉景勝のすべての時期の史料を検討することにより,室町・戦国・近世初期各時期の上杉家の国制上の変化を史料で確認することができる。
     そのことを通じて,戦国期,近世初期の各時期の変化とはどのようなものであったのについて,日本史研究の基礎である史料そのものから証明する。

全件表示 >>

 

担当授業科目 【 表示 / 非表示

  • 2018年度,日本史概説B,2018年06月 ~ 2018年08月,専任

  • 2018年度,歴史文化基礎演習A,2018年04月 ~ 2018年08月,専任

  • 2018年度,日本歴史文化演習,2018年04月 ~ 2018年08月,専任

  • 2018年度,古文書学概説A,2018年04月 ~ 2018年08月,専任

  • 2018年度,文化財学入門,2018年04月 ~ 2018年08月,専任

全件表示 >>